サウンドトレジャー井上フヂヲのブログ

広島県尾道市を中心に
サックス奏者として活動している井上フヂヲです
ライブのことや、経営している音楽教室の
サウンドトレジャーに関する記事など
基本的には音楽メインのブログです

慰問演奏

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先週の金曜日、佐藤脳神経外科さまにてサウンドトレジャーバンド3人で演奏をさせて頂きました。

ほぼ毎月、お年寄りの施設で演奏をさせて頂くようになってから2年半になります。

地球に乗って太陽の周りを回るステキトラベルを小生の倍くらいかそれ以上の回数を回っておられる方々の前で演奏をさせて頂くというのは大変に引き締まる思いです。
しかしながら、そんな堅苦しい気持を出してしまっては皆様に楽しい時間を過ごしてもらえませんから、頗る不真面目に且つフランクに、それでいてエレガントに演奏をするのでございます。

古代遺跡と深海魚と宇宙の話をする合間に演奏をして、約40分の演奏時間はすぐに終わりました。

演奏後に、小生のところへ歩み寄ってきてお礼を言って下さるマダムやジェントルメンもいらっしゃいまして、頗る幸福な時間でした。

綾小路きみまろさん、ありがとう。


【サックスとfujiborn】
演奏後のお手入れを忘れずに

サウンドトレジャー
http://93.xmbs.jp/st0925inoue/

俺の背後に立つな

背後におじさんが立っているのではないか・・・

どうも最近は夕方頃になると時折おじさんの匂いがするのである。
ふと気付いた時に後ろをパッと振り返ると確かにおじさんの匂いがするのだ。
これは何かしらおじさんが付きまとっているのではないかと心配になり、なるべく気付かれないように瞬時に振り返ってみたりするのだが、そこにおじさんの姿はない。だが明らかにおじさんの匂いだけは存在するのである。

どうにも気に入らないので友人に話してみると
「それはカリーシューだよ」
と言っていた。

よくわからないので数回聞き返してみたが、やはり
「カリーシュー」
と言っているように聞こえるので小生は仕方なく
「あー、うんうん。あー、あれね」
と僅かに微笑みながら返事をした。

「カリー・シュー」
確かに小生は6月からカリーを食べ続けているのだ。
先月だけで50食は食べたが、マリナーズ時代のイチロウさんもそのような食生活をしていらしたのだ。
それならイチロウさんも背後におじさんが立っていたのか、という話である。

だがしかし、それは「カリー」についての部分だけの話である。
では、「シュー」というのは一体何なのだろうか。
どう考えてみても意味がわからないのである。

「シュー」については聴き違いであろう。
「シュー」ではなく「ジョン」ではなかろうか。
「ピーチ・ジョン」とかいう私服がランジェリーな女子達の本があるではないか。きっとあれと同じようなものであろう。

「カリー・ジョン」である。
頗る爽快な気分になった。

つまりはランジェリースタイルの女子達が小生の背後に立っているのである。
何度振り向いても姿が見えないのは、ランジェリースタイルの彼女たちが少々恥ずかしいか或は照れているために隠れてしまうからである。
匂いこそおじさんだがランジェリー女子である。恥ずかしがる必要はあるまいに。

まぁ良かろう。女子の心は複雑である上に傷つきやすいものである。

どうやら不安が晴れ、頗る陽気な心持になった。
今日も素晴らしい1日になりそうである。

幸せをありがとう、「カリー・ジョン」。
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【サックスとfujiborn】
出したい音のイメージを持つと同時にリードの振動を意識することが大切です

サウンドトレジャー
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美味しいもの

アーモンさん
アルフォーさん
ルウベラ
ホワイトロリータ

特別なひと時

ショコラッテを食べる時間は至福の時間である。
毎日食べているが、毎日極楽トラベルなのだ。

ケイキは思い出と共にある。
ケイキの行くところはお祝いであったり、記念日であったり。
ステキなデコレイショニングはケイキからのお祝いである。

料理は生命力である。
人は空腹時には頗る弱ってしまい、あと2時間もすれば餓死してしまうのではないかというくらいの勢いである。
美味しい料理は、「餓死してしまいそうだスピリッツ」を「何でも頑張れちゃうわよスピリッツ」へと見事に変換するのだ。

ショコラッテ、ケイキ、料理。
共通してそこには笑顔がある。
どんなに泣いている人をも笑顔にしてしまう魔法がある。

音楽は如何に。
感情を表現するものである。
喜びや悲しみや、色々な感情が詰まっていることが必要なのだ。
音により、聞く人に様々なことを伝えていくのが音楽である。

食べ物を作ること、音楽を演奏すること、どちらも思いやりが大切である。
自分ではない。相手のことを思いながら創造していくものである。

「どうやったら感動してもらえるか」

ここに焦点を絞って精進していくのだ。

「凄いだろう」とか「上手いだろう」とか、そういった気持を伝えようとしているようでは1000年かかっても一流にはなれないのである。

長所、短所、全部をひっくるめた自分という魂を晒け出していくところに真実の表現があるのだ。
偽りではいかん。表面だけではいかん。メッキはすぐに剥がれる。

宇宙を感じながら、宇宙を奏でるのだ。
楽器と自分、自分とお客さま、ライブ会場と地球、地球と宇宙、という風に広がっていきながら、それはやがて個々の幸福な時間は地球の平和であり宇宙の躍動なのである。
なんとも間抜けなトークを展開しながら未だ未熟な演奏を限界までやり尽くすのである。

唐揚げにマヨネイズをかけるかかけないか、ウスターソウスをかけるかかけないか、そういった日々の苦悩さえも感動に変えていけるのが芸術である。
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【サックスとfujiborn】
音の大きさを変えることができれば演奏に表情をつけることができます

サウンドトレジャー
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ギャラリー
  • 練習用のマイナスワンを作りました
  • リレーフォーライフ広島に出演します
  • 今年初めての尾道でのソロライブは来月
  • 観月会での演奏でした
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  • 9月のライブスケジュール
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  • 因島でボランティア演奏しました